「野生生物と社会」学会会長よりご挨拶

森林総合研究所関西支所 八代田千鶴

 この度、「野生生物と社会」学会の会長を仰せつかりました森林総合研究所関西支所の八代田千鶴です。どうぞよろしくお願いいたします。
 当学会は、2012年に学会名称を「野生生物と社会」に変更しました。これは、「知のプラットフォーム」として、野生生物と人間社会とのかかわりに様々な場面で取り組んでいる方々の集う場にしたいとの思いからでした。それから10年あまり、様々な役割や立場の方、様々な取組や活動を行っている方など、多様な人々の集うプラットフォームに発展していく様子を、理事や学会誌編集などの学会運営に関わらせていただきながら感じてきました。これも、これまで学会運営にご尽力いただいた理事役員の皆さま、そして何より会員の皆さまの思いがあったからこそと思います。改めて、学会の舵取りをさせていただく重責を感じつつ、皆さまとともに学会を発展させていける喜びを感じているところです。
 一方で、この10年の間に、気候変動をはじめとする環境問題も深刻化し、野生生物を取り巻く状況も大きく変わっています。私たち人間社会も、急速に進む人口減少に加えて、都市への人口集中による地域格差、それにともなう産業構造の変化など、大きな変革の時期を迎えています。このような状況の中で、野生生物と社会とのかかわりを研究対象とする当学会の役割は、ますます重要になっています。私の住む滋賀県には、「自分よし、相手よし、世間よし」の「三方よし」の精神が息づいています。野生生物と私たち社会とのかかわり方に、正解はありません。「三方よし」の精神を念頭に、この先の10年も当学会が野生生物とかかわる多様な方々の集うプラットフォームであり続けられるように取り組んでいきたいと思います。
 最後になりましたが、これから3年間、富田副会長ならびに中村事務局長とともに、理事役員のご協力を得ながら学会の発展に尽力する所存です。会員の皆さまにおかれましても、当学会の活動にご理解とご協力をいただきますとともに、学会への積極的なご参加をぜひよろしくお願いいたします。

「野生生物と社会」学会副会長よりご挨拶

静岡大学 富田涼都

 この度、副会長を仰せつかりました、富田涼都(静岡大学)です。これまで、青年部会長をはじめ学会理事や学会誌の副編集長など、さまざまな学会活動に参画させていただきました。
 この学会は、およそ「野生生物」が関わるものが広く議論されてきたという点が大きな特徴です。「野生生物」には、いわゆる鳥獣だけでなく植物や魚類も含まれますし、それらを保全対象や資源として扱おうとすれば必ず社会との関係が生まれます。例えば、漁業は「野生生物」を相手にした大きな産業とも言えます。実際、私自身はいわゆる鳥獣管理そのものを対象とした研究を行っていませんが、こうした広い意味の「野生生物と社会」を対象として研究を行い、学会活動にも反映させてきました。そうした展開も、私自身の来歴を活かした貢献として考えていきたいと思います。
 また、このほかにも、35歳以下で構成される青年部会や、準部会員制度を持つ行政研究部会、日本語で投稿可能なデータペーパーの存在など、他の学会にはない学術・実践活動を可能にするユニークさを持っていることも魅力です。私自身こうした学会活動によって、研究や実践が鍛えられてきたことはこの学会での誇りです。
 執行部としての所信は「アジェンダ」のなかで提示いたしましたが、これまでの諸先輩方が築き上げてきた鳥獣害管理分野でのアドバンテージを活かしつつ、八代田会長を支え、「人新世」とも言われる新しい時代を前に、10年、20年先を見据えた新しい学術領域・学術のカタチの開拓にも貢献していたいと思います。
 これらは、学会役員だけでなく会員の皆様方のご協力なしには実現できません。何卒よろしくお願い申し上げます。

アジェンダ

20230619版

ダウンロード第9期「野生生物と社会」学会・執行部アジェンダ(pdf)(2023.7)


 「野生生物と社会」学会は「野生生物と人との多様な関係性を対象とする幅広い学問分野のプラットフォームとなり、野生生物と人との問題解決のため、成果を社会に還元すること」(会則第2条)を目的としてきました。この目的を達成するために、第9期執行部はこれまでの学会活動における成果と、現時点での学会内外を取り巻く状況を踏まえて、以下のように任期中のアジェンダ(運営方針)を設定し、理事会と議論しながら具体的なアクションとして学会財政改革、大会改革、学術誌およびフォーラム誌の改革、各部会活動等の活性化に取り組みます。この構想が理事会および会員にも共有され、学会の発展と目的の達成に繋がるよう努力します。

アジェンダ

■「野生生物と社会」の適正な技術と社会実装をデザインする■

keyword:シビアコンディション、当事者目線、オープンイノベーション、知のプラットフォーム

1. 「野生生物と社会」学会を取り巻く制度・社会経済・学術の変化

 「野生生物と社会」学会と学会名を改称する前から、2005年の金沢大会における「知のプラットフォーム」というビジョンが掲げられ、今年で18年となります。また、本学会では2010年に2020年を見据えた「将来構想」を策定しています。2016年には、過去5年を振り返り、「第2期将来構想」として改めて課題と方針を整理しています。それらからもそれぞれ13年、7年が経過しようとしています。
 この間、制度的な変化だけを見ても、鳥獣被害防止特措法(2007)、生物多様性基本法(2008)、愛知目標(2010)、鳥獣保護管理法(2014)、国連SDGs(2015)、パリ協定(2015)、地域循環共生圏(2018)、新漁業法(2018)、日本政府カーボンニュートラル宣言(2021)、みどりの食料システム戦略(2021)、昆明・モントリオール生物多様性枠組(2022)、生物多様性国家戦略 2023-2030(2023)など、大きな変化がいくつもありました。特に、2015年以降に本格化したESG投資をはじめとする金融や企業会計のルールの変更は、これまであまり環境の世界となじみが無かったマネーの大きな力が関与しだしたことを意味します。
 一方、日本社会では少子高齢化や都市部を含めた地方の人口流出など「人口減少社会」は一層進展し、土地利用のも今後本格的に変化することが予想されます。最新の人口推計では、2040年には総人口は2020年比で11%減、生産年齢人口は17%減、2070年には総人口31%減(1950年代初めと同じ水準)、生産年齢人口は40%減とされています。日本社会は有史以来ここまでの激しい人口の減少局面と地理的偏在に遭遇したことがありません。そのゆがみとして、各所で専門的人材の需要はあるものの、地方(特に農村部)では「働き方」を含めて十分な仕事として成立しづらい状況も少なくありません。環境保全だけでなく、医療や保育、教育、介護などでは、すでに人材確保も難しくなっています。
 また、円の実質実効為替レートが1970年代並みの水準になるなど日本の経済的な地位の低下も顕在化してきました。国の財政を含めて民間投資、公的支出ともに今後より厳しい状況になることが予想されます。社会的なイシューは数多く、そのなかで特定の学術領域によるイシューだけを優先させることは難しいでしょう。
 学術の世界も全体として変化が起きています。文科省『学校基本調査』によれば日本の博士課程入学者は2003年をピークに減少が続いており、2021年では14,629人(2003年比2割減)、社会人学生は相対的に比率を増しているものの、実数では2018年をピークに2021年では6100人まで減少しています。分野別にみると2003年比で農学は40%減、理学35%減、工学25%減、社会科学65%減、人文科学50%減となっています。
 学会(学術協力団体)のデータを2007年と2019年に比較したもの(埴淵・川口 ,2020, 「日本における学術研究団体(学会)の現状」『E-journal GEO』15-1:137-155.)では、200人以上2000人未満の規模の学会は会員数を減らしている傾向にあり、とりわけ200人以上500人未満の規模の学会の個人会員の減少率は8%を超えています。分野別にみると、環境学系の学会では、93.3%の学会が会員を減らしており、個人会員の減少率(30.1%)も他の学術領域と比べて最も厳しい状況です。
 このように「野生生物と社会」学会の経営環境は変化も激しく、決して楽観できません。

2. 「野生生物と社会」学会の領域の特質

 社会に還元すべき野生生物と人間社会との問題解決の具体的な内容は多岐にわたりますが、そもそも「野生生物と社会」学会がターゲットとする領域の特質として、個別の経済的規模は小さいが社会生活において切実な需要が多いこと、地理的に現場が拡散していること、そして個別の問題解決のゴールも多様にあり得ることが挙げられます。
 日本政府の「生物多様性の保全及び持続可能な利用」の経費は2022年で1591億円(環境保全経費全体の9.8%)、鳥獣被害防止総合対策の経費は130億円程度でほぼ横ばいです。野生生物は公共財でもあるため公的支出の存在感が大きいことを踏まえても、経済的観点から見た「業界」は決して大きくありません(例えば、農業農村整備の国の予算はピーク時の半分以下ですが2022年で5000億円規模です)。
 しかし、中山間地域における鳥獣害や資源管理などが典型例ですが、個別の経済規模は小さくとも、当事者の社会生活にとって切実な問題が数多くあります。また、野生生物と社会の問題が集中しやすい中山間地域が国土の7割を占め、自然災害や鳥獣被害が、いよいよ都市域でも顕在化していることを踏まえれば、野生生物と社会の問題の現場は地理的にあまねく場所へと拡散しています。
 そして、現場が地理的に拡散するということは、その現場一つ一つが置かれている自然環境の条件も社会的な条件もそれぞれ多様で異なっていることを意味します。時間経過に伴う変動も踏まえると、その多様性は極めて高いと言えるでしょう。
 また、現場ごとや当事者ごと、そして時代ごとにも「問題解決」とされる具体的なゴールは異なります。特に生命や健康に直接かかわらない点に関しては、何をもって問題解決とするのかは自明ではありません。野生生物と社会の間には恵みも禍もありますが、そうした精神的・文化的蓄積も地域や個人によって大きく違います。同じ当事者の中すら場面で揺れ動くことは、これまでの野生生物と社会の研究や実践の現場で明らかにされてきました。
 これらの特質は、問題解決において単一の手法や技術では対応しきれないことを示唆します。ひとつの体系的な手法や技術のローカライズだけではなく、場面場面でそもそも違う発想の手法や技術が求められることを含みます。

3. シビアコンディションにおける問題解決のために

 以上から、今後の野生生物と社会の問題解決は、切実なニーズを抱えつつもシビアコンディションの中で行われる現場が多数になることが予想されます。すなわち、十分な知見、十分な予算、十分な人材といった条件がそろいにくく、「信頼できる科学的な知見を揃えて対策を行う」というような従来考えられてきたような「正攻法」が現実には難しい現場が多発するのではないでしょうか。
 だからこそ、問題解決に資する自然と人の両面に対する「技術」は、一義的に決まるものではありません。むしろ、現場現場において見いだされ、当事者の手によって社会の中で実装されていく必要があります。そして、そこでもたらされる「解決」の妥当性そのものも当事者目線から問いなおしていく必要があります。これが今後求められる専門的知見の姿、いわば「適正な技術と社会実装」ではないでしょうか。
 これは、かつて途上国の開発援助などの現場で「適正技術」と呼ばれてきた概念や、最近では「シビックテック」と言われるような概念に近いかもしれません。いずれも、科学と現場の社会のなかで、当事者目線のあるべき技術を見出すという点が重視されています。学会という公益性を考えれば、「野生生物と社会」学会は、そのための「技術」や解決のゴールについての議論や蓄積、情報の発信、人材の交流を学会という開かれた場で行うこと(オープンイノベーション)が求められるでしょう。
 過去に2度行われたこの学会における将来構想による提言では、必ず実務者との連携の重要性が示されてきました。この文脈に照らして言えば「実務者」とは、専門的な技術者という意味だけでなく、現場の多様な状況の中で「野生生物と社会」の問題にかかりきりになれない市町村レベルの担当者や当事者にとっても資するような「知のプラットフォーム」が求められているとも言えます。
 そのため、第9期の「野生生物と社会」学会のアジェンダとして、シビアコンディションを念頭に、「野生生物と社会」の適正な技術と社会実装をデザインすることを掲げ、これを実現するためのアクションプランや実施向けて学会経営をしていきます。