2020年9月16日

市街地に出没したイノシシへの対応方法につきまして

 2020年9月2日に新潟県燕市の住宅地に出没したイノシシに関し,複数の報道がありました。Web上でも,「イノシシと市の職員や警察官らの攻防戦」の動画も公開されております。これらを視聴したところ,人身の安全に関わる重大な懸念を感じましたので,取り急ぎ学会ホームページにてコメントさせていただきます。



 動画を見る限り,対応された市職員や警察官の皆様の下半身には「防護具」が装着されていないように見受けられ,半袖シャツの方も少なくありませんでした。盾を持参している警察官も限られていたようです。しかし,イノシシの犬歯にはナイフのような鋭利な「刃(写真を参照)」が存在し,その攻撃により重度の切創を受ける可能性があります。もし,太腿(ふともも)の前面を攻撃された場合には大腿動脈注1が損傷され,命に関わる危険すらあります。
 したがいまして,今後このような事態が生じた場合には,「イノシシの犬歯」の危険性を念頭に置く装備(下半身を守るための防刃用具や前掛け等の装着)の着用ならびに盾の持参が必要と考えます注2,3。また,危険性は犬歯による攻撃ばかりではありません。指などを咬まれることによる骨折や感染症のリスクもありますので,上半身においても長袖の衣類や手袋の着用をご検討ください。
 なお,報道陣におかれましても,思わぬ攻撃を受ける可能性がありますので同様な注意が必要となります。すでに兵庫県では,カメラクルーが重傷を負った事例があります。


 

 従来のイノシシ対策は,おもに「農業被害の防止」の観点から語られてきました。しかし,今回の燕市の事案に象徴されるように,これからは「市街地への出没」についても同時に考えなければなりません注4
そのためには,「農業被害」と「市街地への出没」とは別次元の問題であることを意識し,それぞれに対する適切な対応と体制の強化が求められます。つきましては,この場を借りて下記の2点を改めて強調させて頂きます。


  • イノシシの被害を防ぐには柵をしっかり設置して維持管理し,その周辺で捕獲することが重要である。
  • 地域での捕獲が進まない場所では頭数も増え,結果的に徐々に分布が拡大することも懸念される。地域での捕獲体制の見直しや再構築も重要である。


 最近は,「人の生活圏に出没した野生動物によるトラブル」が,毎日のように続いております。そして,地元の行政や警察,猟友会の皆様が身の危険を顧みずに対応しておられる状況には,心から敬服しているところです。
 しかし,このような対応は,もはや限界に達していると考えるべきでしょう。海外のような「専門の対応部署注5」を整備しなければならない時期に来ているのかもしれません。野生動物の活動域と人の生活圏とが,どの程度重複しているのかを把握するためのモニタリングシステムの導入も欠かせないでしょう。
 関係諸機関におかれましては,これらの体制構築に向け,早急に検討を頂きますよう切にお願い申し上げます。

写真:犬歯の矢印の部分が,鋭利な「ナイフの刃」のように研がれています(左は下顎骨に付いた状態,右は抜歯した状態)。
下顎骨に付いた状態右は抜歯した状態

注1:太腿(ふともも)前面内側寄りの体表近くに存在し,頸動脈に近い太さをもつ動脈です。


注2:市販の防刃用具の「イノシシに対する耐性」は必ずしも検証されてはいません。しかし,少しでもリスクを低減させるための手段として言及いたしました。なお,下記のような対応マニュアルを作成している自治体もありますので,あわせてご参照ください。


注3:盾は不透明のものが推奨されます。イノシシは,盾があってもなくても向かってきますが,盾の先が透けて見えないことにより突進を躊躇する可能性があります。


注4:兵庫県森林動物研究センターでは,モノグラフとして「国際シンポジウム報告書 何故イノシシは都市に出没するのか?~世界のイノシシ管理から学ぶ~」を公表しております。下記から全文のダウンロードが可能です。
http://www.wmi-hyogo.jp/publication/pdf/mono_monograph08.pdf


注5:海外では,「環境保全警察(Environmental Conservation Police)」が,市街地出没対応を含む野生動物管理業務を担っている場合があります。下記は,米国コネチカット州の事例です。
https://portal.ct.gov/DEEP/Environmental-Conservation-Police/Environmental-Conservation-Police-Officers